あけましておめでとうございます

 

 たいやき ともえ庵は20111月に開店したので、今月から8年目に入ります。

 過去を振り返って感傷的になるつもりはないのですが、それでも続けてこれたことは本当に有難いことです。

 正月であり、周年の時期でもあるということで、開店の頃を振り返ってみたいと思います。

店舗行列


■中野の路地裏で開店しました

 昔ながらの一丁焼きの店を始めたくて、当初は挽き売り、つまりリアカーの屋台で売ることを考えていました。当時、そうした方法で一丁焼きのたいやきを売られている店が2軒あったからです。

 ところが、出店場所として口約束していた場所で売ることができなくなり、屋台を出すことができる場所と同時に店舗の物件も探すことになり、見つけた物件が中野駅に近い、でも表通りではない場所だったのです。駅から大きな病院に向かう道でもあったので裏通りにしては通行量はありましたが、それでも表通りと比べると人通りや視認性はかなり少ない場所でした。

 3.3坪の木造二階建て、二階で餡を煮て一階でたいやきを焼いていました。かなり小さな物件です。

 一丁焼きのたいやき店がどれくらい売れるのか儲かるのかはまったく予想できません。失敗したら素早く撤退することも考えに入れていたので、店を出す際には、低コストであることを優先したからです。

さらに低コストを徹底し、あるものを利用して内装、外装を作りました。初代の店長が手先が器用だったこともあり、大工さんに頼むことなしでの開業でした。

 あるものを利用したといっても、それなりの改造は必要です。立ち上げ時の店長は、店からほど近い「島忠ホームセンター」に通い詰めて、店員さんに相談して道具や材料を購入して、不恰好ながらも店の形を作り、保健所の検査もクリアしました。店のオープン時には、心配したホームセンターの店員さんが見に来てくれたくらいです。


たいやき写真3

 

■空き家のガレージを借りて練習

 話は前後しますが、一丁焼きの道具は店の物件を決めるより以前に揃えていました。どこかで修業した訳ではない素人がはじめる店ですから、練習というよりそれ以前の試行錯誤が必要だからです。知人の親戚が西荻窪に空き家を持っているとのことで、そのガレージを借り、機材を設置して週23日通って練習しました。

 都内を中心に有名なたいやき店を回って焼き方を観察して試してみる。道具屋さんに尋ねてみる。ゆっくりとやれば一匹は焼けるのですが、連続するとうまくいかない。どんな道具を使うのか、材料をどのように配置すれば無駄な動きにならないのか、すべて試行錯誤でした。

 今では笑い話ですが、店頭でたいやきを焼いている人形町の老舗に行き、携帯電話でこっそりと動画撮影してきたこともあります。ただし、その店のたいやきを焼いている動画が数多くYoutubeにアップされているのを見つけ、撮影に意味がなかったことを後から知りました。

 そんな風にして練習を繰り返し、何とか焼けるようになっていったのです。

 

■材料も試行錯誤

 材料も試行錯誤です。以前のブログ記事でも紹介したとおり、つぶあんは有名なたいやき店でくまなく購入して糖度を測り、どこよりも甘くない餡にしたのですが、それを仕入れる問屋さんを探すのに苦労しました。ネットで探して、電話で問い合わせ、見積をもらい、直接行って話を聞いて決めました。たいやきに向くであろう小豆を何種類かサンプル購入し、作ってみて、今の等級のものにしました。

 小麦粉も同様で、製菓材料の店で購入して試し、メーカーに問い合わせて問屋さんを紹介してもらい、仕入れることにしました。あまり迷うことがなかったのは砂糖くらいです。最初からすっきりとした甘さの餡にしたかったので、一般的なグラニュー糖にしました。

 開店後に改良したこともありますが、この時期に何回も試行錯誤したことがともえ庵の味のベースになっています。

 

■当初は今とかなり違ったユニフォーム

 店の内外装に伴う厨房機器や什器、看板などを購入したり、外注して作ってもらうことにも手間がかかり、材料の購入やレシピ化はそれ以上に大変でしたが、それだけではありません。

 ユニフォームや包材なども、最初はどこに頼んでいいのかわからず、ネットで調べて問い合わせを繰り返しました。

 ユニフォームについては、飲食店用として販売されているものは高くつくのでなるべく一般に売られているもので揃えました。綿の長袖Tシャツ、チノパン、エプロン、頭巾、コックシューズ(厨房用の靴)という取り合わせは現在と同じですが、当初のTシャツは黒色でした。そのほうが汚れが目立たないと思ったからです。ところが、白い小麦粉の汚れは黒の生地の方が目立ってしまうので、現在は白色にしています。ただ、火に向かう仕事なので、燃えないように綿100%のものを使うことはずっと変えていません。

頭巾も最初は丈夫な綿で、たいやきマークの大きな刺繍を入れたものでしたが、その後、タオルを頭巾にした方が暑い時期に快適でかつ安いことがわかりました。オーダーすると高いので、安いタオルを大量に購入し、刺繍屋さんに持ち込んで小さなたいやきマークを刺繍してもらうようになりました。

 また、恥ずかしいことに最初はコックシューズもなく、スニーカーで仕事をしていました。考えてみると今までで変わっていないのは、チノパンとエプロンだけです

 

■包材にもひと苦労

 包材も最初はネットで調べ、合羽橋の問屋さんをまわって決めました。ただし、一匹ずつたいやきを入れる袋だけは最初からありものを使いたくなかったので、メーカーに電話して取扱店を紹介してもらいオーダーしました。

 どれくらいたいやきが売れるかわからなかったので、袋は一種類、それだけでは寂しいのでスタンプを四種類用意して、違う袋にしたのも最初からです。スタンプのオーダーもこの時が初めてで、サイズなどには苦労しました。この一匹用の袋は現在も「ともえ庵の日」や正月期間に使っています。

 それ以外のたいやきをまとめて入れる袋は、既製品に店のマークのスタンプを押して使いました。現在も変わらず同じ袋を使っています。

 

 包材で失敗したのが持ち帰り用の箱です。既製品で「薄皮たい焼き用」という箱があったので購入したのですが、組み立てに手間がかかるわりに収まりもよくないので数回で使うのを止めてしまいました。なお、箱についてはその後も色々なものを探したり、サンプルオーダーしたのですがなかなか使えるものがなくすべて紙袋で対応し、現在使っている10匹用の手土産箱を製作できたのは開業から6年が経った後でした。

 

 たいやき、というだけでなく飲食業や製菓業についてまったく未経験で店を立ち上げたので、本当に知らないことばかりで、ひとつずつ、ネットで手がかりを調べて電話で問い合わせ、店に行って相談して何とか開店に漕ぎつけました。

 当時は忙しいながらもそれを楽しんでいたので気にしませんでしたが、改めて振り返るとなかなかの手間です。単品商売のたいやき店ですらこれだけの手間がかかるのですから、メニューが幅広い店だともっと大変でしょう。フランチャイズに加盟する人の気持ちも少しは解る気がします。


昔のたいやき袋

 

■当初は週休二日制?

 そんな試行錯誤を積み上げて開店したのが7年前です。当初は週に2日の定休日を置いていたので、お客さんや近所のお店の方から「休み過ぎだ」とお叱りをいただくことも多々ありました。おそらく、脱サラして開業した店がサラリーマン気分で週に2日の休みをとっていると思われたのでしょう。

年度末までは以前の業務の契約が残っていたので、週2日はそれに時間をあてなくてはならなかったので休みにしていたのです。ですから、実際には新旧を合わせると毎日が仕事、当初の3か月間はまったく休みがありませんでした。

 

開店後の盛況とその後の低迷

 どの店でもそうですが、オープン当初はお客さんがたくさん来られます。いきなりから連日の行列になりましたが、人気というより焼くのが遅かったことが理由でした。それでも最初の1か月は客足が絶えない店でしたが、その後はもの珍しさからのお客さんが遠のきます。一丁焼きだからというだけでお客さんが来る訳ではないことを思い知りました。

 その中で何度も購入いただき、お客さんが増えていくのはもっと後の話です。

 

■一番の苦労は働く人を雇用すること

 過去を振り返ると、店やメニューを作ること以上に、スタッフを雇うことに苦労しました。一丁焼きのたいやきを焼くのは簡単ではないので、雇うこと、定着することが難しかったからです。

でも、大変なことばかりではありません、新たに店に入ったスタッフはそれまでの経験から店を発展させてくれることもあるからです。製菓学校を出てパティシエ経験を持つスタッフが入ったことにより、小麦粉の取り扱いの方法が改善され、彼女が去った後もノウハウとして残りました。老舗のたいやき店から移ってきてくれたスタッフが入ったことで、意識が向上し、たいやきを焼くスピードが格段に向上しました。また、特段の経験を持たないアルバイトスタッフも、固定観念に縛られないアイデアで店に貢献してくれたり、日々の業務の中で工夫したノウハウを残してくれたりしました。

 スタッフについては思い出すことがたくさんあるので、別の機会に紹介したいと思います。

 

7年間という時間は長いようで短く、短いようで長い。ただ、100年超の老舗をはじめとして、数十年続いているいくつかの有名店と比べるとまだまだ新参者です。ましてや、同じように小豆を扱う和菓子の業界と比べると、昨日店を開店したレベルだと言われても仕方ありません。

 これからの年月、「たいやき」という昔ながら菓子を作っていることを大切にしつつも、まだまだ新人の謙虚さとチャレンジ精神をもって取り組んで行きたいと思っています。

 

 2018年もよろしくお願い致します。