四十代以上の年齢の方なら、たい焼きと聞くだけで頭に流れるのが「およげ!たいやきくん」のメロディー。Wikipediaには、以下のように記載されています。

1975(昭和50)年にフジテレビの子供向けの番組『ひらけ!ポンキッキ』のオリジナルナンバーとして発表された童謡。作詞は高田ひろお、作曲・編曲は佐瀬寿一、ディレクターは小島豊美。子門真人が歌ったバージョンは、201612月現在、日本で売り上げ枚数が最も多いシングル盤(フィジカル・シングル)とされている」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%92!%E3%81%9F%E3%81%84%E3%82%84%E3%81%8D%E3%81%8F%E3%82%93

 

 単に子供向けの歌であっただけでなく、「歌詞の内容が、会社勤めを辞めて広い世界へ飛び出したいサラリーマンの気持ちを代弁していた」という要素もあり、国民的なヒットソングになり、その影響でたい焼きの売上が伸び、たい焼き店の開業も増えたそうです。

 

 ただ、この歌について、多少の誤解も生じているようですので、少し書いておこうと思います。


■この歌のヒットと一丁焼きのたい焼きの減少はまったく関係ありません

 一部のウェブページなどに、「およげ!たいやきくん」の大ヒットによりたい焼きの人気に火がつき、たい焼きを少しでも早く焼いて出せるように、量産タイプ(いわゆる養殖もの)のたい焼き店が増えた」との記載がありますが、これは誤解です。

 そもそも、たい焼きは明治時代から存在しており、早い時期から人気を博していたと伝わっています。「およげ! たいやきくん」の時代にはもう量産タイプのたい焼きが一般的でした。

なお、たい焼きの尻尾まで餡が入っているのが良いか否かという議論が世の中の話題となった「たい焼き論争」は、昭和28319日の読売新聞に掲載された直木賞作家の安藤鶴夫氏の文章がきっかけですから、「およげ! たいやきくん」以前からたい焼きが国民の注目を集めるに足る人気の菓子だったことがわかります。

 おそらく、たい焼きに人気が出て少しでも早く焼けるように一丁焼きから量産タイプに変わっていったという話と、この曲のヒットでたい焼きブームが起きたという話が入り混じって理解されてしまったのだと思います。

 

■「およげ! たいやきくん」のたい焼き店モデルは、浪花屋総本店さんではありません

 世の中で広く誤解されているのが、この曲のモデルになったたい焼き店が、麻布十番の老舗「浪花屋総本店」だという話です。

 

浪花屋総本店さんについては、たい焼き好きな方にはわざわざ説明する必要もないかと思いますが、たい焼き業界でもっとも有名なお店です。「東京たい焼き御三家」という言葉、今で言うと「神スリー」とでも言った方が伝わりやすいかもしれませんが、そのセンター的な位置づけのお店です。

ちなみに、残りの二つは四ツ谷の「わかば」さんと、人形町の「柳屋」さん、どちらも行列が当たり前の名店です。

 

 このことについて、面白いWEBサイトを見つけました。

web M旅 20083月号 たいやき研究ノート2

http://www.webmtabi.jp/200803/serial/taiyaki02.html

 

 このサイトではたい焼きの起源や、「およげ! たいやきくん」のモデルとなった店について、丹念に情報を積み上げて分析されています。それによると、東京都練馬区、練馬駅近くの普通のたい焼き店がモデルだと結論づけられています。

 

 ただ、この曲のモデルが浪花屋総本店さんかどうかについては、資料を探索し、分析する必要はないと思っています。

 歌詞を思い出してください。「毎日、毎日、ぼくらは鉄板の~、上で焼かれて嫌になっちゃうよ」

 そう、「およげ! たいやきくん」は鉄板で焼かれている量産タイプのたい焼きだったのです。百歩譲って、一丁焼きのハシ(金型)を「鉄板」と呼ぶとしても、挟んで焼く一丁焼きには「上で焼く」という概念はありません。

 

■しかし、「およげ! たいやきくん」のたい焼き屋さんのモデルは浪花屋総本店の店主さんです

 先ほどお示しした「たいやき研究ノート」のサイトは、本当に緻密に資料を積み上げて検証されており、うちの店でも勉強させていただいている貴重なサイトだと思います。

 ただ、「およげ! たいやきくん」のモデルについて言うなら、もうひとつ付け加えなくてはならないと思います。

 

「およげ! たいやきくん」がテレビ番組「ポンキッキ」で放映されていた際のアニメーションのたい焼き屋さんの店主の服装、レコードのジャケットにも描かれている姿が浪花屋総本店三代目店主の神戸守一(かんべ もりかずさん)さんをモデルにしたものだと言われているのです。

 神戸さんが店に立つ時の姿は、コック帽にストライプのシャツや蝶ネクタイが特徴だったそうです。たい焼き店でコック帽というのはかなり異質なので、この話には信憑性を感じます。また、アニメーションのたい焼き屋さんの顔立ちもどことなく似ている感じがするのですが、気のせいでしょうか。


およげたいやきくんジャケット
およげ! たいやきくんのレコードジャケット。(ネット上の画像を拝借しました)ここに出ている店主さんのイメージが浪花屋総本店の三代目店主さんをモデルにしたものではないかと推測されます。しかし、手に持っているコテみたいなのは、一丁焼きでも普通のたい焼き屋さんでも使うことがない道具なのですが・・・。
 

 推測ですが、浪花屋総本店さんは「およげ! たいやきくんのモデルは自分の店だ」とはどこにも言ってられないと思います。おそらく、「およげ! たいやきくん(に出てくるたい焼き屋さん)のモデルは自分だ」とおっしゃったのではないでしょうか。

 それが、たい焼き店のモデル=浪花屋総本店として広まり、あえて否定もされなかったので定着したのではないかと思います。

 

 なお、今でも浪花屋総本店さんの人気が高いことについて、「およげ! たいやきくん」の影響がまったくないとは言えませんが、極めてゼロに近いと思います。

 アニメーションのたい焼き屋さんの店主のモデルになって人気が出たのではなく、アニメーションを作る際に人気のたい焼き店である浪花屋総本店の店主の個性的な服装を参考にしたのではないでしょうか。

 上で示した「たい焼き論争」も、今では御三家と言われる「浪花屋総本店」のたい焼きと、「わかば」のたい焼きのどっちが良いかという代理戦争のようなものだったらしく、既に両方の店が人気店だったことが伺えます。